焼き、蒸し、干す。木宮商店が丹精込めた手仕事でつなぐ郷土食「車麩」の伝統

息子の木宮大基さんは30歳。営業も兼任し、頼もしい5代目として成長中です。

この日の室温は40度弱。真夏は50度になることもあり、汗だくの作業に。
地引き作業(生地を引く=こねる)をする機械の動きがユニークなので、動画でご覧ください。かつて地引きは職人の仕事で、力のいる重労働だったそうです。
「元々はガラスがあったんだけど、飛び出してくる生地を指で押し込みながら状態を確認するために先代はガラスを外したのかな」とつぶやく木宮社長。なぜそうなっているのか不明ながらも踏襲し、経験に応じて新しい工夫を加えつつ、確かな技術が受け継がれていきます。

「ひと焼き45分。焼き色を見ながら調整します」と社長。いまはガスの直火で焼いていますが、昔は炭火でした。
工場に響く賑やかな音の源のひとつは、こちら。まんべんなく焼けるよう、車麩が巻きつけられた鉄の心棒を回転させるチェーンが奏でる音でした。自動で動かしていますが、何秒にどれくらいスライドさせるかなど、細かい設定ができるのだとか。

くるくる回転しながら香ばしく焼成される車麩はまるでバウムクーヘン。
機械でこねて休ませた生地を切り、ギューッと引っ張って心棒を回転させながら巻きつけていきます。ちょうど棒の長さに合う適量を切ってピタッと巻きつける、その鮮やかな技術に目は釘付け。

3回焼き上げた麩に4回目の生地を巻きつけていく。「けっこう固くてね、ギューッと引っ張ると手が痛くなるんです。今日は緊張してるけど、いつもはもっと上手」と笑う社長。
小麦アレルギーに負けず
奮闘する5代目が未来を担う
「5年くらいしたら引退してのんびり旅行でもしようかな」と語る木宮社長。後継者である息子の大基さんは、埼玉県内で流通の仕事に携わった後に帰郷し、車麩の仕事を始めてから、なんと小麦アレルギーが見つかったのだとか。
「食べるぶんには問題ないのですが、粉や生地に触れると大変なんです。肌が赤くかぶれてかゆくなって、鼻から入るとくしゃみが止まらないし。でも、子どものころから工場の様子を見てきたし、遊びで手伝っていて、いずれ長男の自分が継ぐものと思ってきましたから。新しい感覚も取り入れてやっていきたいですね」(大基さん)
同業他社が次々に廃業し、いまでは木宮商店だけになりましたが、「ほかにないなら需要があるはず」と、大基さんは5代目として店を継ぐ決意をしたのです。

心棒を抜くときは火傷に注意。棒に離型油をしっかり塗っておくとスルッと剥がれるそう。

昨年結婚し、来春には父になる予定の大基さん。アレルギー対策をして仕事に励んでいます。

きれいに焼き上った4回巻きの車麩。しかし、これで完成!ではありません。

焼き上った車麩を1/3に切って蒸気がもくもくと立ち上がる蒸し器へ。柔らかくなったらスライサーへ。

食パン用のスライサーをカスタマイズした機械で輪切りにして、中心の穴に紐を通したら次の工程へ。



